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ソウル国際車いすマラソン大会

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2015 (第23回) IPC国際公認大会として去る2013年度大会の優勝者であり大会最高記録の保有者であるスイスのマルセル・フグ(Marcel Hug)選手が1時間23分32秒を記録し、42.195kmマラソンの栄光の月桂冠を頭に載せた。国内の選手の中ではホン・ソクマン選手が1時間29分13秒で最も速くフィニッシュラインを通過し、イ・ギハクとイ・ユンオがその後を追いゴールインした。国内最初女性車いすマラソン選手キム・スミンは前大会より24分も速い2時間8分54秒で自らの記録を短縮した。ソウル大会開催以来初めてハーフマラソンにおいて日本の選手を追い越し我が国のユ・ビョンフンが優勝した。新しく追加されたハンドサイクルハーフ種目はイ・インジェ選手が49分15秒で1位となった。広報大使であるタレントのイ・フンがオウルリム5km非競争部門に一緒に走り、ガールグループのタヒチは特別講演を通して才能寄付を捧げた。 (2014年3月10日、国際陸上競技連盟からコース再公認を受けた。(コース一部変更 : フルコースの折り返し地点付近). 2014年4月16日発生したセウォル号惨事により国民的な痛みを共にするという意味から4月26日開催予定だった第23回ソウル国際車いすマラソン大会の日程を取り消すことになった。)
2013 (第22回) スイスのマルセル・フグ(Marcel Hug, 27) 選手が前年度優勝選手である日本の洞ノ上浩太との接戦の末‘ソウル国際車いすマラソン大会’新記録(1時間20分52秒)を更新し、今年の優勝を手にした。この記録は南アフリカ共和国エンスト・ヴァン・ダイク(Ernst Van Dyk)が 2008年出場し樹立した以前の大会新記録(1時間21分46秒)を1分近く短縮した記録だ。洞ノ上浩太(Hokinoue Kota, 39)は0.07秒差で惜しくも2位になったが、アジア新記録樹立という喜びを味わった。韓国のキム・ギュデ選手(29歳)は1時間32分01秒で国内選手の中では1位위(全体で5位)、ホン・ソクマン選手(38歳)は1時間38分18秒で2位(全体で10位)となった。今年初めてフルマラソンに挑戦した国内最初の女性車いすマラソン選手キム・スミン選手は2時間32分54秒で目標とした完走に成功した。
2012 (第21回) 前年度1秒差で優勝を逃した洞ノ上浩太(Hokinoue Kota, 38)選手が大会優勝の栄光を抱いた。これはソウル国際車いすマラソン大会で2度目の優勝だ。韓国のホン・ソクマン選手は1時間39分10秒の記録で全体9位(韓国1位)だった。特に今大会では日本の選手らの強勢が目立った。 フルマラソン女子部門(中山和美選手1時間59分29秒)、ハーフマラソン男子部門(佐矢野利明選手48分13秒)すべて日本の選手が1位となった。ハーフマラソン女子部門は韓国のプライドを守ったキム・スミン選手が1時間8分39秒の記録で前年度に続き2度目の優勝を納めた。
2011 (第20回) 本大会初出場でありながら、2010国際障がい者オリンピック陸上委員会(IPC ATHLETICS)ランキング1位であるマルセル・フグ(Marcel Hug, 25歳)選手が1時間23分3秒を記録、前年度大会の優勝選手である日本の洞ノ上浩太(Hokinoue Kota, 37歳)選手を1秒差で追い抜いた。また、韓国障がい者陸上の看板スターホン・ソクマン(36歳チェジュ道庁)選手は全体8位に留まったが、第18回大会の際、樹立した韓国新記録を3分余り短縮した1時間27分4秒でフィニッシュラインを通過し、再び快挙を成し遂げた。フルコース女子部では2010国際障がい者オリンピック陸上委員会(IPC ATHLETICS)女子部ランキング1位の日本土田和歌子(Tsuchida Wakako) 選手が1時間47分59秒の記録で優勝の喜びを味わった。
2010 (第19回) 2006, 2007, 2009年優勝者であるオーストラリアのカート・ファーンリー選手が1時間29分49秒で優勝を手にした。韓国のホン・ソクマン選手は韓国新記録達成は残念ながら成し遂げることができなかったが2008年優勝者であるアーネストバンダイクの記録を1秒短縮し、 1時間29分50秒を記録し全体2位を成し遂げた。今回の大会は3秒の間に1位から6位までの選手が決定するという激戦だった。
2009 (第18回) 2006年と2007年2回連続優勝者で、前回の17回大会の準優勝者であるカートは1時間29分49秒の記録で一番最初にフィニッシュラインを通過し前大会優勝者であるアーネスト・バンダイク(Van Dyk Ernst, 36)に雪辱を果たし、韓国のホン・ソクマン(33)選手はカート・ファーンリーとフィニッシュラインを通過するまでしのぎを削った結果、残念ながら準優勝に終わったが完走記録1時間29分50秒を記録し、去る2007年にユ・ビョンフン選手が記録した1時間33分37秒の‘韓国記録’を新たに更新した。
2008 (第17回) 南アフリカ共和国出身アーネスト・バンダイク(34)が3年ぶりの優勝を果たし‘第17回ソウル国際車いすマラソン大会’の主人公となった。27日に開催された第17回ソウル国際車いすマラソン大会のフルコースに出場したバンダイクはこれまでの大会記録(1時間22分17秒)を 32秒短縮した1時間21分45秒の記録で1位で決勝テープを切り大会新記録という偉業を達成した。
2007 (第16回) オーストラリア出身のカート・ファーンリーが第16回ソウル国際車いすマラソン大会で最高の車いすマラソン選手として1位となった。カート・ファーンリーは今大会42.195Kmフルコースに出場し1時間22分17秒を記録して2007年待望の1位を登録した。フルコースの2位は副島正純が1時間22分17秒、3位は1時間22分17秒で安岡チョークがそれぞれ間髪の差で勝ち抜いた。
2006 (第15回) 2006年4月に開催された第15回ソウル国際車いすマラソン大会は国際障がい者オリンピック陸上委員会(IPC Athletics)の公認のもとで開催された。合わせて479名の選手(外国選手53名)が参加した今大会はオーストラリアのカート・ファーンリー(Kurk Fearnley)選手が1時間26分30秒で優勝した。一方、韓国の選手としてはホン・ドクホ(Dukho Hong)選手が1時間36分47秒という記録で国内1位を果たした。ハーフコース部門では日本の廣道純(Jun Hiromichi)選手が47分46秒で優勝した。
2005 (第14回) 2005年5月に開催された第14回ソウル国際車いすマラソン大会は国際障がい者オリンピック陸上委員会(IPC Athletics)の公認のもとで開催された。合計435名の選手(外国選手66名)が参加した今大会では南アフリカ共和国のアーネストバンダイク (Ernst Van Dyk)選手が1時間27分23秒で優勝した。また、米国のシェリー・ブロウエット(Cheri Blauwet)選手が1時間 54分13秒で女子部門の1位となった。一方、韓国の選手としてはムン・ジョンフン(Junghoon Moon)選手が1時間44分26秒の記録で13回大会に続き国内の1位となった。ハーフコース部門でも同様に13回大会に続きロシアのセルゲイ・シルコフ(Sergey Shilov)選手が50分46秒で優勝した。 5KM部門では293名が参加しキム・ジョンスン選手が18分44秒で優勝した。
2004 (第13回) 2004年10月に開催された第13回ソウル国際車いすマラソン大会は開催地を大邱からソウルに変更し開催することになった。大邱からソウルに開催地を変更したのはそれだけ国際車いすマラソン大会の認知度を高めるきっかけとなった。合計473名の選手(外国選手61名)が参加した今大会ではフランスのジョエル・ジャンノ(Joel Jeannot)選手が1時間25分3秒でフィニッシュラインを通過し大会記録を樹立した。また、スイスのグラフ・サンドラ(Graf Sandra)選手が1時間45分34秒で女子部門の大会記録を樹立した。一方、韓国の選手としてはムン・ジョンフン(Junghoon Moon)選手が1時間40分32秒で国内1位となった。フルコース部門には合わせて46名が参加したが、3名が惜しくもコース離脱などの理由で失格してしまった。ハーフコース部門には合わせて31名が参加し、ロシアのセルゲイ・シロフ(Sergey Shilov)選手が50分46秒で優勝した。
2003 (第12回)  
2002 (第11回) 2002年9月に開催された第11回大邱国際車いすマラソン大会には計252名(外国選手26名を含む)の選手が参加した。本大会ではハーフコースマラソンと5KM部門の競技が開催された。今大会では92年バルセロナオリンピックマラソン優勝者であるフヮン・ヨンジョ選手が大会広報大使として参加した。ロシアのミハイル・テレンティブ(Mikhail Terentiev)選手が 49分43秒でハーフマラソン部門で優勝した。
2002 (第10回) 2001年第10回大邱国際車いすマラソン大会には合計270名(外国選手22名を含む)の選手が参加した。フルマラソン部門17名、ハーフマラソン部門35名、5KM部門218名が参加した。フルマラソン部門には韓国のジョ・ハンドク、ムン・ジョンフン選手と在米韓国人イ・ボンホ選手が出場した。フルマラソン部門では米国のスコット・ホレンベック(Scot Hollenbeck) 選手が1時間36分22秒で優勝し、ハーフマラソン部門では韓国のホン・ドクホ選手が58分 30秒で優勝した。
2000 (第9回)  
1999 (第8回)  
1998 (第7回) 1998年第7回大邱車いすマラソン大会には合計178名の選手が参加した。ハーフマラソン部門には20名の選手が、5KM部門には158名の選手が参加した。
1997 (第6回) 1997年第6回大邱車いすマラソン大会には計168名の選手が参加した。ハーフマラソン部門には18名の選手が、5KM部門には150名の選手が参加した。
1996 (第5回) 1996年第5回大邱車いすマラソン大会には合計203名の選手が参加した。ハーフマラソン部門ではジョ・ハンドク(Hangduk Cho)選手が56分2秒で優勝した。
1995 (第4回) 1995年名称が変更された第4回大邱車いすマラソン大会はハーフマラソンと5KM部門の競技が行われた。ハーフマラソン部門ではジョ・ハンドク選手が1時間10分27秒で優勝し3連覇を果たした。5KM部門ではその他および切断障がいホン・ソクマン選手が25分34秒、脊髄障がいキム・ジョンシク選手26分59秒、女子部門34分34秒で優勝した。ソン・ソヨン選手も3連覇を記録した。
1994 (第3回) 1994年第3回全国障がい者車いすマラソン大会はハーフマラソンと5KM部門の競技で開催された。合計参加選手は203名で、ハーフマラソン部門に23名と5KM部門に180名が参加した。ハーフマラソン部門ではジョ・ハンドク選手が59分19秒で自身の過去記録を37秒短縮し優勝した。外国選手部門では2回大会と同様米国のジェイコブ・ヘイベイル(Jacob Heiveil)選手が54分39秒で優勝した。
1993 (第2回) 1993年大会では初めて外国人選手が参加した。総参加選手は194名で、中には外国人選手7名(日本、米国、香港、台湾)が含まれる。1回大会と同様にハーフマラソンと5KM部門の競技で行われた。ハーフマラソン部門には34名の選手が参加し、5KM部門には187名(男158名、女29名)の選手が参加した。ハーフマラソンではジョ・ハンドク選手が59分56秒で優勝した。外国選手は別途の授賞が行われ米国のジェイコブ・ヘイベイル(Jacob Heiveil)選手が52分39秒で優勝した。5KM部門でその他および切断障がい部門キム・ジョンデ選手が22分57秒、脊髄障がい部門キム・ジョンシク選手が24分26秒、女子部門ソン・ソヨン選手33分50秒で優勝した。
1992 (第1回) 我が国で最初に開催された第1回全国障がい者車いすマラソン大会はハーフマラソンと 5KM部門の競技が行われた。合計124名の選手が参加した。ハーフマラソンは慶北出身のホン・ドクホ選手が57分40秒の記録で優勝した。ハーフマラソン部門には合計30人余りの選手が出場し全員完走するという良い結果を生んだ。残念ながら女子の選手はいなかった。それから5KM部門では京畿部門では京畿道出身のキム・スング選手が21分47秒の記録で優勝した。 5KM部門には合わせて94名(男76名、女18名)が参加し完走した。
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